愛の鞭は体罰である!暴力的な指導者はそもそもコーチには向いていない。

日野皓正の往復ビンタ

世間に物議を醸しているこのニュース。

日野皓正さん往復ビンタ 「体罰容認」の空気を作ってしまう日本

ドラムを演奏していた中学生の髪をつかんで、観客の目の前で往復ビンタをしたというニュースです。

この日、アンコールの際にドラムソロが長く続いたのでそれに対して日野さんは「演奏を乱した」と判断して、この中学生にビンタをしたようです。

この中学生の保護者の方も「日野さんには感謝している」という事で世界的トランペッターの「愛の鞭」に有難さとも言える感謝の念を抱いている様子。ですが、一方では「少しやり過ぎでは?」との声も。

知名度も高く世界的なトランペッターにビンタされるという暴力に近い行為でさえも「有難い指導」として片付けてしまっては、有名で世界的に実力のある人ならば「何をやっても許される」という雰囲気を作ってしまうようにも感じますよね?

別にビンタはいらない

今回の件で日野さんはこの中学生にビンタをする必要があったのでしょうか?

僕は全く持ってなかったと感じます。

プロではない中学生の演奏で、多少行き過ぎた演奏があったとしてもその時の会場の空気感や「ノリ」なども考えたりすればソロパートが少し長引いたとしてもお客さんが怒って帰ったり、落胆するような事はなかったのではないでしょうか?

ましてや中学生はまだ「子供」です。子供のコンサートなら尚更、少し砕け気味の演奏の方が子供らしくていいと思います。見ている大人たちだってそこまで完璧な演奏を求めてはいないでしょう。

僕は日野さんの中で思い描いていた演奏があったのだと思います。ですが、そのドラマーの中学生がそれを壊してしまったのでむかっ腹が立ち、怒りを抑える事ができず髪を掴んでビンタまでしてしまったのではないかと感じました。

ですので、これはやはり指導というよりも暴力に近い。もし演奏自体に問題があると感じたのならば、近くに行ってジェスチャーなどで指示をしてやめさせる事もできたはずです。ましてや観客の前で堂々と暴力行為を見せる事は指導者としてあるまじき行為なのではないでしょうか?

日野皓正はコーチには向いていない

すぐカッとなって手を上げてしまうような性格の人は、そもそも指導者としては向いていないでしょう。それは人を育てるという事は「辛抱」の連続だからです。

自分の教え子が自分の思い通りに動いてくれない、言う事を聞いてくれない、それに対していつも腹を立てて、殴ったり引っ叩いたりしていては良い関係は気づく事は出来ないでしょう。

ましてやパワハラやセクハラなどに過敏な今の時代ならば確実に非難の的になるので、尚更難しいのではないでしょうか?

日野さんはトランペットの「プレイヤー」としては超一流ではあるのですが、「コーチ」としての資質は残念ながらないでしょう。今回の件に関して言えば、コーチとして資質のない人に任せてしまった事が原因の一つにあったとも言えますね。

まとめ

学生の部活の指導などでもこの行為は「体罰」なのではないかという議論が頻繁に起きています。

そもそも鉄拳制裁の行為などで音楽の演奏、スポーツの技術が向上するという事はないでしょう。むしろ、その逆で生徒のやる気やモチベーションが無くなっていく事の方が多いように感じます。

これにはいま指導者側に立っている人達が、生徒側であった大昔に「愛の鞭」という名の鉄拳制裁でやられてきているので、それがそのまま今の生徒に向かっているだけなのかもしれません。

ですが、「過去の価値観」と「今の価値観」を混同していてはいけませんよね。

「昔はこうだったのだから今もこれでいいんだ!」というのはただの時代錯誤的な考え方の人です。もちろん、世間的に悪い事をして、迷惑をかけたりした場合には鉄拳制裁も必要ですが、学生の部活動などの指導においては全くもって必要のないものでしょう。

それでは、今回はこの辺で!

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